新宿で客引きのせいでぼったくられたけどその後別の客引きのおかげで人の暖かみを知れた話

ふと思い立ったので書くことにしました。一回消えたので雑になるかも。

 
数年前、仕事後に電車に乗って名古屋駅へ。
贔屓のバンドのライブを観る為、東京へ行こうとしていた僕は予めチケットを取っておいた高速バスへ乗り込んだ
 
高速バスとは、任意の時間寝ながらバスに揺られていると目的地へ到着しているという魔法のような乗り物である。
 
ライブの件は割愛。
 
東京滞在二日目を漫画喫茶で迎えた僕は夜に友人と飲みに行く計画を進めていた。
が、友人からあまり連絡が返ってこず、読んでいた漫画も最終巻を迎え、手持ち無沙汰になっていた僕は少々苛立っていた。
 
 
19時ごろだったか、ようやく時間と場所が決まり、新宿で友人と待ち合わせ。タバコをふかしながら待っていると着いたとの連絡がきた。
お互い土地勘がないもので、電話をしながらお互いを探した。
「どこにいる?ジャンプして?」と言われ、新宿の人混みの中で本当にジャンプした僕は人ゴミとなった。
そんなこんなで合流を果たした。
 
 
この友人はTwitterで共通の知人を通じて知り合った数歳下の大学生の男の子でその時が初対面だった。お互いに人見知りだったがリプライや通話もしており、お互いの為人を分かっていた為、さして会話には困らなかった。
 
 
顔合わせも済ませたのでお店を探すことに。
前述の通り、お互い土地勘がないのでぶらぶら歩きながらインターネットでお店を検索していた。都民の彼が僕と同程度の土地勘だったことに少し笑いながら。
複数のお店で満席を伝えられた結果大衆居酒屋に落ち着くことに。
 
 
乾杯も済ませ、改めて初対面に感動しつつ会話を転がした。
この友人と言うのが本当にどうしようもないやつで、大学を留年し、女を誑かし、彼女がいる時に他の女の子を好きになって性行為に耽ったりするような男である。女の子を誑かすなど造作もない程の端整な顔立ちで、所謂"サブカルバンドマン"をイメージして頂きたい。
上着を脱ぎ、My Hair is BadのT-シャツを露わにした彼の口から溢れる「こないだ彼氏持ちの女の子とSEXをした」「歳上の女の子と付き合って全部お金出してもらってる」などの話を肴にお酒を飲んだ。
その他には音楽の話や将来の話、取り留めのないような話ばかりしていたっけ。
 
 
楽しい時間はあっという間に過ぎ去り、店員さんからお店の営業時間の終了を伝えられた。
仕方がないのでお会計を済ませ、解散することに。
 
 
「また遊ぼうな」、リップサービスではなく本心でそう口にして、泥酔して何度も転びそうになるほどふらふらの彼が改札口に吸い込まれるのを見送った。
 
 
 
 
問題はその後に起こった。
 
 
 
 
まだ飲み足りなかったのか、それともただ新宿の夜の街を歩きたかったのかは今となっては定かではないが、ただただ歩いていた。
 
 
どこもかしこも似たり寄ったりな並びで、気が付いたらどこかに辿り着いていることは広い街ではよくあることかもしれない。
僕は新宿・歌舞伎町へ辿り着いていた。
 
 
僕は歌舞伎町が嫌いだった。
ゴミで溢れかえる道、ガラの悪いおっさん、執拗に夜のお店を勧めてくる客引き。全部が嫌いだった。僕の中で恋人に歩いて欲しくない街の頂点に君臨している。
無数のネオンに彩られた街に群がる派手な出で立ちの人々はさながら虫のように思えた。或いはそう思いたかった、それに憧れていた、のかもしれない。
 
僕は普段から大きめに設定してある音楽プレーヤーの音量を更に大きくし、下を向きながら歩いた。早く出たかった。元の道を引き返したらよかったが、どこかバツが悪かったのである。
 
 
歩いていると客引きがいつもと同じように付いてきた。だが、彼はしつこかった。足取りを早める僕より半歩早く歩き、僕の進路を塞いだ。どこへ行こうとしても無理矢理に道を塞がれる。憤怒の念を覚えたが、この街でことを荒立てるのは都合が悪いのでひたすらに無視を続けた。
進行方向にコンビニが見つかったので、一旦そこへ避難することにした。
 
 
コンビニで適当に時間を潰していれば流石にどこかへ立ち去るだろう、その考えが完全に甘かった。
 
10分ほど中に居座り、9%酎ハイを2缶ほど購入し店を出るとその客引きがまだ居た。
僕は恐怖すら覚えていた。動こうとするにも執拗に勧めてくる客引きに僕は遂に根負けした。
と、言ってもだ。話だけ適当に聞いて、金銭的な理由で断ればいい、そう思っていた。
 
 
「お兄さん溜まってないですか?安くて良いお店紹介できますよ!」ニヤニヤ顔で話す客引きの鼻柱に膝蹴りを食らわせてやりたい気持ちを抑え、適当にあしらっていた。
 
「どんなプレイが好きっすか?好みのタイプは?NNコースと言うのがあって、生 中出しのことなんですけど、それし放題もあるんすよ!いかがですか?勿論無しで普通のコースとかでもいけますが!因みにいくらまでなら出せますか?」
 
 
催眠商法と言う手法があるが、それにかかったのか、それとも酔っ払って性的な気持ちにあったのかは定かではないが、いつの間にか客引きの質問に答える自分がいた。その時も未だ断る気持ちは固かった。
しかし、客引きの話がボディブローのようにじわじわと僕の判断力を奪っていった。
 
 
「今なら1.9万で70分コース お兄さんの好みに合わせた超絶人気の女の子、特別にご用意しますよ!」
 
 
右ストレートを受けたボクサーのような感じで僕は負けてしまった。その金額で可愛い子の性的サービスが受けられるなら。なによりもう執拗に追いかけ回されることもない。最善の一手を打った気でいた。
 
 
その誘いに乗り、好みの女の子を告げた僕に、オススメのお店に確認を取る、そう言ってどこかへ電話をかけ始めた。
 
 
「あ、すんません 今(お客さん)イケますかね?はい、あーまじっすか…了解です…はーい」
 
 
お店がダメだったことに少し安心したのだが、程なくして別のお店を手配し始めた。
 
 
「今オッケーです?…まじっすか!ありざす!今から行きますんで、はい、はーい」
 
「オッケー取れたんで案内しますね!」
 
「さっき聞いた感じの女の子あてがうんで!お店着いたら僕がスタッフに伝えるんで安心してください!」
 
 
違和感を感じ取れなかった自分を今は恥じているが、それでもお酒が入っていたから、そう言い聞かせている。
 
 
到着したのはよくある古びた雑居ビルのテナントだった。
中からスーツ姿の男が出てきた。
 
料金が前払いであることを告げられたのでそれに応じた。
 
そのままお店に入れられた。
 
客引きは先ほど僕が伝えた条件をスタッフに告げることはなかった。
 
 
 
 
店内に入るとどこもかしこも真っ黒で、目の前はカーテンで仕切られていた。カーテンを開けたスタッフに促された僕は中へ。
お店の内観はと言うとキャバクラ/スナックのような作りで、壁が少し古く感じられたが暗めの照明も相まって雰囲気は良かった。大きめのテーブルが3つほどあったように記憶している。
 
 
テーブルを見ると女性が一人座っており、スタッフに隣へ座るよう指示を受けた。女性はおよそ30代半ばくらいに見え、若い頃は綺麗だっただろうな、と思わせる程度の容姿だった。そばかすが沢山あったことは覚えている。
 
 
説明か何かがあるだろうな、そう考えて座っていると女性に話しかけられた。
 
 
「お酒、飲みます?」
 
「飲んでも大丈夫なんですか?」
 
「私はこの店のことよく分からないからお店の人に聞いてみますね?」
 
 
"お店の人"と言う表現に一瞬引っかかるものはあったが、自分を肯定したかったからか特に気に留めなかった。
 
 
「すみません、お酒飲んでも大丈夫なんですか?」
 
「先程お代は頂きましたので」
 
 
バーカウンターの男性は答えた。
飲んでも大丈夫なお酒だと分かったので、緊張を抑えたくて仕方がなかった僕はお酒を飲むことにした。
 
 
彼女がロックグラスに氷を入れてくれた。
アイスペールに入った氷はまだ表面が溶けておらず、僕の来店が決まってから用意したものだと分かった。気づくとハイボールが出来上がっていた。
用意してくれた彼女に礼を言ってから口を付けた。
 
 
「今何歳なんですか?」
 
「こういうところはよく来るの?」
 
 
など、常套的質問を投げかけて来ていたのだが、一向にサービスの説明も何もない。
 
 
「あの…で、いつになったら始まるんすか?」
 
 
堪え切れなくなって口をついて出た。
 
 
「え?なにが?」
 
「いや、だから風俗だって言われてここに来たんですけど」
 
「え?何言ってんの?」
 
 
冷や汗が出てきた。その先は聞きたくなかった。
 
 
「ここはそういうところじゃないよ?ここは相席ラウンジ的なところで、普通に異性と出会いたい人が利用するお店だよ?」
 
 
意味がわからなかった。お酒に酔っていたからではない。本当に意味がわからなかった。
その気がなかった僕をまんまとその気にし、二万円弱の金額を支払った後にこの仕打ち。僕は虚空を泳いでいるような気持ちになった。やがて騙されたことを理解すると沸々と怒りがこみ上げてきた。
 
 
「そうか…なるほど…俺は騙されたのか…」
 
そう一人ごちた。
 
半ばヤケクソになった僕は
 
「じゃあいくら払えば抜いてくれんの?」
 
と宣った。情けない。
 
「いや、そういうの無理だから」
 
「いや、まじで」
 
「うーん、まあ4は欲しいよね(笑)」
 
 
本当に気分が悪くなってきた僕は帰ろうとした。カウンターにいる男性に帰る旨を告げると、男性が信じられないことを口にした。
 
 
6万2千円です」
 
 
理解が追いつかなかったのと同時に、恐怖感が思考のリソースを全て奪った。
 
「いや…お金払いましたよね?」
 
男性は顎でテーブルを指し
 
「(お酒)飲みましたよね?」
 
完全に術中にハマっていた。
男性はレイザーラモンHGを厳つくしたような容姿で、体格も良かった。
 
「いや、お代は頂いたからいいって…」
 
遮るように
 
「メニュー表見ました?書いてありますよね?」
 
強い口調で詰問された。
 
安もんのウイスキーがこの値段になるのはどういう了見なんだ?
 
財布の中には3万5千円ほど入っていた。
 
「申し訳ないんですけど、手持ちが足りないです…ATMが動いたら払いにくるんで勘弁してもらえませんか?」
 
「いくら持ってんすか?」と
 
前述の金額を告げると
 
「じゃあそれでいいです」
 
僕は財布の中にある紙幣を全て手渡した。早く帰りたかった。お店を出たかった。
最後に男性から数百円手渡され、これが何か分からなかったので問うと
 
「お釣りです」
 
と意味のわからないことを言われた。
どうでもよかった。帰りたかった。
 
 
思えば客引きが一度電話したお店もフェイクで、例えるなら小学生の頃、宿題を答案を見て丸々写していたのではバレてしまうのではないか、不正解も混ぜよう、みたいな感じだったのではないだろうか。主語がない電話も最初から騙すため、店外での前払い、条件を提示しない、考えれば怪しいことだらけだった。
 
 
 
扉を開けると小走りで階段を降りていた。だが、お店の名前だけでも確認しておいた方がいいと思った僕は扉の前へ。ネオン管で示された文字を確認するが一切わからない。英語でさえなかっただろう。スタッフが出てきたら、そう考えた僕はお店の名前も分からぬままその場を立ち去った。
 
 
 
ビルを出た瞬間に別の客引きが走って追いかけてきた。僕は怖くて仕方がなかったので逃げた。問いかけも無視して逃げた。
 
 
お店の名前、読めました?
 
 
この一言で僕は立ち止まった。
読めなかったことを告げると
 
 
「でしょ?まずあのお店に騙されたって話よく聞きますよ」
 
 
皮肉にも安心してしまった。
話を聞いているうちにもっと話が聞きたくなった僕はその客引きに歌舞伎町の端で少し話を聞いてもらえないか、と伝えた。客引きに騙されて客引きに縋ってしまった。何でもいいから安寧を求めていたのだと思う。
 
 
二人で煙を呑みながら一通りの出来事を話すと客引きが口を開いた。
 
 
歌舞伎町に限った話ではないでしょうけど、よくあるんですよ。まず、客引きが無理矢理客を捕まえる、その気にさせてお店に連れて行く、ここまでが客引きの仕事、あとはお店の中に入れちゃえばそいつらの勝ちですからね。搾り取れるだけ搾り取ったら逃がす。客が店の名前を確認しようとしても読めない。だから調べることもできない。そういう店はね、いずれ摘発されてなくなるんですけど、名前や場所を変えて同じことするんです。風俗系のお店自体がグレーな商売ですからね。
 
 
 衝撃を受けた。こんな世界があっていいものか、そんな仕事で稼いだお金で家族を養っているのか、おおよそ憤怒の形相だっただろう。続けて
 
 
「僕もね、昔同じような騙され方したんですよ。本気で悔しくて、ムカついて、だからこの業界に入って見返してやろうじゃないけど、そう思って今こうやって働いています。」
 
 
もう二度と踏み入れたくもない街、歌舞伎町。だが、最後にタメになる話も聞けた。もうお金も返ってこないわけで。全てを受け入れることにした。
空も白んで来たので、その客引きに感謝を告げて、駅の方へと歩みを進めた。
 
 
漫画喫茶にでも泊まるか。しかし、お金がない。だが止まっていると悪いイメージばかり浮かんでしまうので歩みを止めたくなかった。すると歌舞伎町から少し離れたところでさっきの客引きと再会した。
 
 
「こっからどうするんです?お金、ないですよね?」
 
 
「ATMが稼働するまではないですね〜」と言うと
 
 
「どっか安く泊まれてお金も後でいいってところ探しますよ」
 
 
そう言うとどこかへ電話をし始めた。親身になって話を聞いてくれて、その上身を案じてくれることに感動を覚えた。
電話はやがて切れたが、ダメだったらしい。気持ちだけありがたかった。
すると彼は急に遠くに後輩らしき人物を見つけたようだった。
 
 
「お〜い!ちょっと来てくれ ちょうどいいところにいたな!お前今この辺で(前述の)感じで泊まれる漫喫ねえか?」
 
「ちょっと待っててください!」
 
そういうとその後輩はどこかへ行ってしまった。暫くして戻ってくると
 
 
「ありました!案内しますね!」
 
 
客引きにありったけの感謝を告げてその漫画喫茶へ入店した。
 
 
通された個室で缶チューハイを飲みながら僕は考えていた。
 
 
僕は歌舞伎町が嫌いだ。改めて嫌いだ。二度と踏み入れたくない場所だ。
だけど、今日歌舞伎町にも好きなところを発見した。
高い勉強代だった。けれども僕は後悔していない。
 
 
…わけもなく、張り詰めていた緊張の糸が一気に緩んだ僕を眠気が襲ってきた。灯りを消して眠ることにした。
これが夢だったらいいのに。睡眠がトリガーとなって夢が覚めてくれたら、そんな一抹の淡い期待を抱き枕にして、長い一日に幕を降ろした。